TOPみんなでつくるリネアストリアウィッグは、わたしと咲く。まあ汰「未来の自分を信じる」

着用ウィッグ:天使のすっぴんボブ

高校卒業後、夢だった介護の仕事に就くため介護施設へ就職。
責任ある仕事を任され、忙しい日々を送るなかで、一年ほど前に突然脱毛症を発症。
病院を転々とし、さまざまな治療法を試行錯誤。
自身に合った治療法に出会い、現在も治療を続けている。

オルミエント

https://cdn.shopify.com/s/files/1/0668/1444/3834/files/interview-maata1.jpg

脱毛症を発症してから約1年。飲み薬や塗り薬、脱毛箇所への注射など、できることは一通り試しました。
でも効果は見えず、3軒目の病院で初めて「オルミエント」という治療薬と出会いました。
この薬は、2022年6月に円形脱毛症の治療薬として承認された比較的新しい薬です。
効果が期待できる反面、とても高価であること、そして副作用が強く出ることもこの薬の特徴です。 それでも当時の私にとっては、真っ暗闇の中に差し込んだ「希望の光」でした。

小さい頃のわたし

https://cdn.shopify.com/s/files/1/0668/1444/3834/files/interview-maata2.jpg

私は神奈川県で生まれました。横浜のような都会ではなく、自然豊かなエリアで育ちました。両親と妹、おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に暮らしていて、親戚も近くに住んでいる。そんなにぎやかな家庭でした。

私はまさに、おじいちゃんっ子、おばあちゃんっ子。優しい祖父母に見守られながらのびのび育ったと思います。ただ、外に出ると急に人見知りになるタイプで、人前に出るのが苦手。引っ込み思案で、自分からうまく話せなかったり。
でも、中学では演劇部に入って主役をやり、コンクールにも出場していました。今思うと本当に不思議です(笑)。演技をしている間だけは、人見知りの自分が消えるというか、別の自分になれる感覚があったんです。
中学3年生で進路を考えたとき、「介護の仕事がしたい」と思いました。
親戚のおじいちゃんがヘルパーさんにお世話になっている姿を見て、「こうやって誰かを支える仕事っていいな」と感じたのがきっかけです。祖父母がずっと身近にいたこともあり、お年寄りに寄り添える仕事に進みたいと思い、福祉科のある高校へ進学しました。

卒業後は念願の介護施設へ。現在は家から徒歩10分くらいの自然豊かな職場でもう10年近く働いています。利用者さんやご家族と話す機会も多くて、人見知りだった私が嘘みたいです。

脱毛症になる

https://cdn.shopify.com/s/files/1/0668/1444/3834/files/interview-maata3.jpg

職場でも責任あるポジションを任され、忙しくもやりがいのある日々を送っていた中で、突然脱毛症を発症しました。ある朝、髪をセットしようとしたら一部がスポッとなくなっていて、「あれ?」と気づいたのが始まりです。頭が真っ白になる感覚でした。次の日にはすぐ病院へ行き、治療を始めました。

最初はレーザー治療。週に1〜2回、脱毛部への照射。でも良くなるどころか症状は勢いよく進行し、1か月ほどで髪の毛が全部抜けてしまいました。
病院を変え、塗り薬や頭への注射も試しました。脱毛している箇所は15か所くらいで、そこへ注射を打つんです。なかなか症状は改善せず、病院の先生もだんだんお手上げというか…それでも治療を諦めることはできませんでした。脱毛症を発症してから1年が経っていました。

その1年間、本当に毎日泣いていました。朝、鏡に映る自分を見て泣く。泣きながら準備をして、なんとか仕事へ行く。仕事中は不思議とスイッチが切り替わるようで、なんとか持ちこたえられるんです。変に気を遣われるのも嫌で、脱毛症のことは周囲にも話していましたし、同僚もすごく理解してくれました。

でも「いつも通りに」と気を張っている自分がいて、今思うとかなり無理をしていました。家に帰って夜ひとりになると、また涙が止まらない。「いつになったら生えてくるんだろう」「もうこのまま戻らないんじゃないか」、胸が苦しくなる毎日で、まったく先が見えなかった。

利用者さまから「日本髪が結えるわね」とよく褒めていただいた私の髪。あるのが当たり前に思っていたけど、失って初めて「髪ってこんなに私の一部だったんだ」と実感しました。

髪が抜けただけなのに毎日泣いている自分。大好きだったカフェ巡りにも足が向かなくなり、部屋にこもりがちになっていく。そんなふうに「いつもの自分」でいられないことが、何より苦しかったです。

オルミエントと向き合う日々

https://cdn.shopify.com/s/files/1/0668/1444/3834/files/interview-maata4.jpg

これまでの治療で結果が出ず、3つ目の病院へ。そこは大きめの大学病院で、オルミエントによる治療も選択肢として説明されました。
効果が期待される一方で、服薬により免疫の低下、感染症などにも注意が必要だと医師から説明がありました。誰でも気軽に始められるものではなく、脱毛の程度や治療歴、検査などを踏まえて判断していく治療でした。

正直、迷いました。もし自分が感染症にかかって、職場の利用者さまにうつしてしまったらどうしよう。服薬の影響で夜勤が難しくなり、同僚に負担をかけるかもしれない。そう考えるとすぐには決断できない。

もう一つは金銭面。オルミエントは基本的に毎日飲む必要があり、薬代が高額になります。高額療養費制度が使える場合もありますが、それでも出費は大きい。職場や家族と相談して、それでも「やってみたい」と思い、治療を決断しました。

実際に始めてみると、足のむくみが強く出た時期はありましたが、なんとか続けることができました。そして1〜2か月ほどで髪が戻り始めて、本当に嬉しかった。最初は産毛みたいなふわふわした毛が生えて、少しずつしっかりした髪になっていく。その変化が、心の支えになりました。

主治医と相談しながら、薬の量を半分にして経過観察し、いけそうなら一度中断してみよう、という流れになりました。でも中断すると、生えてきていた髪がまた抜けてしまって……。「またゼロからだ」と、本当に落ち込みました。

ウィッグという支え

https://cdn.shopify.com/s/files/1/0668/1444/3834/files/interview-maata5.jpg

最初は、ウィッグにネガティブなイメージがありました。「隠すためのもの」という、どこか後ろめたい印象があったんです。それでも、仕事柄どうしても帽子では過ごせない場面も多くて、「仕事用にウィッグが必要だな」と思うようになりました。

そんな時、友達がリネアストリアを教えてくれてサイトをのぞいてみました。私は少しアトピーがあるので、できるだけ前髪が肌に触れないスタイルが希望。
リネアストリアには前髪を作らないデザインも多くて、「これだ!」と感じました。最初に選んだのは天使シリーズでした。かぶってみてびっくりしました。想像以上に自然で、ウィッグに抱いていたイメージが一瞬で変わったんです。職場の同僚や友人も褒めてくれて、それも自信になりました。

何より大きかったのは、ウィッグがあることで「今までの自分に戻れた」と感じられたことです。
脱毛症になってから、あれだけ好きだったカフェ巡りにも行けなくなっていました。一番怖かったのが電車です。誰も私の頭ばかり見ているわけじゃないと分かっていても、他人の視線が気になる。外に出るのが嫌になり職場と家の往復だけになっていた毎日。
でもウィッグがあったから、もう一度外に出られました。カフェはもちろん、推しのイベントにも行けたし、大好きなディズニーではスプラッシュマウンテンにも乗りました(笑)。カフェで友達と他愛のない話で笑い合っていた時のことです。当たり前のことなのに「この感覚久しぶり」って思ったんです。そうか、わたしは脱毛症になる前の自分に戻ってきたんだなと、嬉しくてジーンときた瞬間でした。

ウィッグは今の私にとって、なくてはならない存在です。本当に大好き。それでもいつかは、ウィッグを外して自分の髪で外の風を感じてみたいとも思っています。だから治療は続けています。中断したオルミエントも、量を調整しながら再開しているところです。

大事なのは、希望の光を見出して前を向くことだと思います。未来の自分は、きっと今より良くなっていると信じること。私の場合はウィッグ、そしてオルミエントという選択肢に出会えたことが大きかったです。

もし同じように悩んでいる人がいたら、「こういう選択肢もあるよ」と伝えられたらうれしいです。もちろん全ての人に同じではないと思うけれど、それでも私にとっては、脱毛症と向き合うための大切な選択肢で、希望の光です。

※本記事は取材対象者の個人的な体験・感想をもとに構成されています。特定の薬剤を推奨する意図や、治療内容や薬剤の効果・安全性を保証するものではありません。治療に関しては、必ず専門の医師にご相談ください。

writer:Junpei Murase

メッセージ

リネアストリアさんと出会い本来の自分を取り戻すことができました!ウィッグは私の体の一部です。もう泣きません。これからもウィッグ生活を楽しみます