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ウィッグは、わたしと咲く。Hiromi「自分と向き合う。」

ウィッグは、わたしと咲く。Hiromi 自分と向き合う。

Instagram:@hiromi.1616

着用ウィッグ:Girlandボブ

生まれつき蛇行性脱毛症。23歳で病気と向き合うことを決断、2015年にはブログやSNSを通して脱毛症を告白した。現在もInstagramやブログを中心に活動中。

自分の心と向き合い
人生を癒す時間

Hiromi様の写真
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24歳くらいの時、路上に座って感じたことを即興で文字にする「書き下ろし」をやっていました。自分をカラにして、その人(お客さん)の中に入って世界を見る。その時に、なにか映像が見えたり、言葉が聞こえたり浮かんだりして、その見えたことや感じたことをばぁっと言葉にして書く。

もちろん恥ずかしいとかうまくできるかなとか思うんですけど、そんな気持ちを全部捨てて、座る、みたいな。自分の心の闇と向き合う、呪われた人生を癒していく時間でした。

脱毛症について

Hiromi様の写真
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脱毛症は、ほぼ生まれつきみたいな感じで。保育園の時からえりあし部分に髪がなくて、小学6年生の時には脱毛の範囲が広がってきて親に初めて言われました。「実は脱毛症っていうので、こういうふうに髪がないんだよ」って。

その頃はまだ、ふたつ結びにすると隠れる感じだったので、お母さんが毎朝うまく結んでくれて、同じ髪型で学校に行ってました。時々、友達に気づかれることもあったんですけど、フォローしてくれる、察してくれる友達がいてくれて。全然知らない子は「なんで?髪ないの?」とか普通に言ってくる子もいました。そんな時は、ただしらばっくれてその場をやり過ごす、みたいな感じでした。

初めてのウィッグは中学生の時。部分ウィッグでした。毎朝両面テープで固定して帰ってきたらすぐはずして、それを毎日毎日繰り返す。夏とかは汗がすごくて、もう修羅場。体育の授業とかもできるだけやって、でもプールはずっと見学でした。

髪のことは誰にも言ってなくて。でも徐々に周りで「ひろみの髪って…」って噂になっている感じが分かって。影で言われてるのは分かるし、男子とかはもっとダイレクトに「お前ってさあ…」って言われたりしました。それもずっと無視するしかなくて。ひたすら無視して耐えるみたいな。学校からの帰り道、友達と一緒に帰っていて、バイバイって言って別れてひとりになった瞬間、ぶわーって泣いて。その日1日、こらえてた涙がぶわーって流れて、毎日泣いて帰っていました。

高校時代も、友達の誰にも言えなかった。友達は「勘づいている」みたいな感じでした。いつ言ってくれるんだろうみたいな。たぶん友達からは、どう聞いていいかもわからなかっただろうし、聞けなくて。

でも私からも言えなかった。心配されるのも嫌だったし、友達に可哀想な子みたいな感じにされるのも嫌だったり、そういうのがあって。言えなかったです。高校卒業まで、そして大学に入ってからもそう。

恋愛もしましたけど、3年くらい付き合っても髪のこと言わなかったりとか。付き合っている時もずっと髪を気にしていて、「頭さわられるの嫌いなんだ」とか言い続けて誤魔化していました。最後まで言わないまま終わった人も結構います。

脱毛症の自分と向き合う

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23歳くらいの時、私の人生ってこのまま続くのかなって、冷静に思ったんですよね。ずっとプール行けないのかな、海行けないのかな、結婚する時どうするんだろう、とか。このままずっと言わなくて、ずっと何かに怯えている人生、隠れるように生きるの?って。いつも髪の毛に関する事に嘘をついてきた。自然に嘘ついちゃうんですよ。嘘つくつもりないのに。病気のことから派生して、嘘が増えていって。自分の人生に。それがすごく苦しくて限界が来て。「あ、これはちゃんと自分の病気と向き合わなきゃ」って思ったんです。

とにかく何かを変えようと必死でした。心理学を勉強したり、いろんなセミナーに参加してみたり。初めて会う人だったら話せるかなって思ったり、でもそんな場所でもすぐには「私、脱毛症で」とは言えないんですけど。徐々に徐々に、向き合っていく。そんな時間でした。

路上に座って書き下ろしを始めたのもそれくらいの頃。最初は、路上をやっている人に会いに行ったんです。行ってみて描いてもらった言葉に、「すごい、なんで分かるんだろう」って衝撃を受けました。私のことを全く知らないはずで、私も何も言っていないのに。それで私も「これやりたい!」って思って、いろいろ教えてもらって路上に座り始めた。

とにかく自分を、本当に変えたかったんですよね。いろんな手段で。自分試しというか、自己対話の時間でした。

揺れながら、もがきながら

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ブログを始めたのも25歳くらいの時。自分はこういう病気ですというのを最初フェイスブックで公開して。

フェイスブックだと今までのつながりとか友達も見てるので、何人かは、フェイスブックで公開する前にLINEで別に伝えたりとか、直接会って伝えたり。小学校から一緒の子、幼馴染にも言えなかったんで。25歳まで。「今まで言えなかったんだけど…」って、伝えました。友達ももう泣き出してしまって。「可哀想と思って泣いてるんじゃないよ、感情移入しちゃってごめんね」って、フォローしてくれて。自分もずっとこういう病気で、でも今になってその病気と向き合おうと思ってるんだって、そんなことを話しました。

自分のこと、ウィッグのことをブログで発信し始めて。そうしたらコメントとかメッセージとかも頂くようになって。「自分もこうです」とか、悩んでいること、「友達に言えないんです」とか。でも、そんなふうに相談されても、返せない質問・メッセージもあって。発信しながらも、自分も平気な状態ではなかったんです。なんだろう、全然平気じゃないんですよ。カミングアウトしたところで治んないし、それで終わりじゃなかったし。ブログを書くときはこうあったらいいなとか、こうであってほしいとか、前向きなこといっぱい書くんですけど、自分がまだ傷ついてたり辛い状態だから、自分を励ますように書いてる部分もあって。自分に向けて。読む人にとっては「ひろみさんすごいです!」と見てくれたりするんですけど、全然まだ隠してます、「ギリギリで生きてます」って感じで。友達にも変に会いづらくなっちゃったり。知ってもらったのは楽だったかもしれないけど、逆に知られちゃったから、どう会えばいいのか分からないみたいな。強がっちゃたりとか、大丈夫なふりを装うけど、全然大丈夫じゃない。だから自分を励ますようにブログを書く。でも友達も見てると思うとまた書けなくなる、とか。全然一本道じゃなくて。揺れながら、もがきながら、泣いたり、殻に閉じこもったり。未来を展望するんですけど、全然叶えられてなかった。

人生って、こんなに
楽しんでいいんだ

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また去年くらいからすごく病気に対する気持ちが変わって。去年つきあっていた人がいて、その人が、私の人生で初めて、病気のことをいじってくれる人で。それが嫌じゃないというか、愛のあるいじりで。普通にウィッグなしで一緒に過ごして、コンビニ行ったりドライブしたり。彼の家族にも会っていて、彼の実家にいる時もウィッグはずしてそのままふらふらしてて。お母さんが少し不思議な方で、私「みっちゃん」って呼ばれてたんですけど、「みっちゃんの、その病気で髪を失ったって思うかもしれないけど、それは与えられたことだったんだね。だから今のみっちゃんがいるんだね」って言ってくれて。すごく嬉しかった。ずっと、「なんで私なの?」って思うところから、「この病気があるから人生で何か意味があるんだ」って、そう思うことが私の生きる希望だったので。それを他の人から言われたのは、本当に嬉しかった。髪の毛で悩んだからこそ見える風景、分かる人の気持ちとか絶対あります、経験したこととか。当時は辛かったことばかりだったけど、今になってありがたい経験だったなこれもって、今やっと言える感じです。

この前サーフィンに行きました。ウィッグなしで。すごく気持ちよかった!今まで髪が原因で、人生で諦めてたことがたくさんあったなって思ってて。それを回収していこうと。サーフィンもそうだし、ダンスとか人前に出ることとか。本当はやりたいのに躊躇してたこと。あ、この前スケボーにも初めて行きました、すっごい楽しかったです。プールにも入りました。完全に無我夢中で、全身で最大限に水中を体験するって、ほんとう小学生ぶりで。水に潜るってこんな感じだったのか!ってすごく懐かしかったし、感動の体験でした。一個回収しました(笑)こんな感じなんだ、人生って。

こんなに楽しんでいいんだ!って、そう思いました。

writer:Murase Jumpei

メッセージ

たぶん普通に髪が生えてたらしなかっただろうなと思う色んな髪型がウィッグのおかげでできています。今日のこの機会も光栄でした!これからも色んな髪型をして色んな自分を発見したい。

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