抗がん剤治療と社会復帰
抗がん剤治療への覚悟
計画された全身化学療法(いわゆる抗がん剤を点滴する治療)はTC療法と言われるものでした。薬剤は「パクリタキセル(タキソール)」と「カルボプラチン(パラプラチン)」。3週間に1回、合計6回投与します。そして、TC療法と合わせて分子標的薬(アバスチン)も投与することになりました。
分子標的薬のアバスチンは、TC療法終了後も単剤でエンドレス(副作用などで継続できなくなるまで)で投与継続するとのことで、術後から1年半が経った現在でもアバスチン単剤で3週間に1度の点滴投与をし、治療を継続しています。
TC療法における薬剤の一般作用は、細胞の増殖を抑制すること。そのため、悪性腫瘍への増殖抑制効果があるけれど、正常細胞の増殖も抑制してしまうので、その副作用として、末梢神経障害(体幹部の痛み、手足の痺れ)や脱毛、そして骨髄抑制(白血球・血小板・赤血球の減少)、腎臓障害、吐き気などが起きることがあると。
アバスチンは血管新生阻害(がん細胞が栄養を取り込むために必要とする血管の新生を阻害してがん細胞を兵糧攻めにする)で、想定される副作用は出血しやすくなったり、血圧上昇などでTC療法に比べると比較的軽度でした。
いわゆる「抗がん剤の副作用」のイメージは吐き気や味覚障害などで、食欲が減退し、痩せ細っていくイメージでした。ところが、医療の進歩とともに副作用もだいぶ薬でコントロールできるようになっており、個人差はあるものの必ず副作用がでるわけではないそうです。ただし、使用する薬剤の特色から、絶対に起こる副作用がありました。それが脱毛だったんです。
「脱毛からは逃れられない」
「それならば、もう向き合うしかない」
どうせなら、ウィッグ生活をとことん楽しむことに決めました。
ウィッグへの考え方
抗がん剤治療をやると覚悟を決めた日、早速ウィッグについてネットで調べました。当時はウィッグを着用したこともないし、どうすればいいのかさっぱり分かりませんでした。
まずは「抗がん剤治療 脱毛 ウィッグ」でキーワード検索し、リネアストリアはもちろん、ヒットしたサイトを手当たり次第見ていきました。それと同時に、乳がんを患い、抗がん剤治療を受けていた友人、癌の治療をしている知人がいるという友人からもたくさん話を聞きました。
実際に自分が癌になって気づいたことは、案外身近に癌を罹患している人がたくさんいるということでした。2人に1人が癌になる時代と言われるけど、大袈裟ではないのかもしれないと感じました。もちろん、闘病ブログもたくさん読み、情報を集めました。
ウィッグへの考え方は2通りでした。1つは、今までと同様の髪型のウィッグを選び、周囲に癌治療をしていることをバレないように過ごすという考え方。抗がん剤治療期間は約5ヶ月です。完全に脱毛し、ベリーショートとして自毛で生活できるようになるまでには、治療が終了してから最低でも約半年間はかかるだろうと思いました。もう1つは、この際だから自毛ではチャレンジできなかった髪型をウィッグで思い切り楽しむという考え方。
どちらにするか悩みましたが、両方とも捨て切れない。それならば、癌の闘病中であることをカミングアウトした友人などと会う時には、あえて今までの髪型とは違ったチャレンジウィッグを。職場など癌闘病中であることを知らない人がいるところでは、今までと同じような髪型のウィッグを利用しようと思い、両方実践することにしました。
自分なりにリサーチした限りでは、1つ数十万円もする病院などでも販売展示されているような人毛のウィッグも、数千円〜数万円程度の人工毛のウィッグもほとんど変わらないと知りました。どちらも実践すると決めたからには、数十万円の高価なウィッグはいくつも購入できません。
リネアストリアには、人工毛でも質が良く1〜2万円程度で購入できてデザインに優れたウィッグがたくさんありました。目移りしながらも、その中からやってみたかったけれど髪質などの問題で自毛では出来なかった髪型にチャレンジして、ウィッグ生活を満喫することにしました。
社会復帰とウィッグの準備
初回の抗がん剤治療の日は手術から1ヶ月半後。2泊3日の入院で治療を行います。
退院後、最終的な病理の検査結果が出る前に徐々に仕事は再開していて、入院中に痩せ細った体も体力が戻りつつあり、電車での通勤も耐えられるほどになったため、主治医からは「特に規制はないので、できる範囲で今まで通りの生活をして大丈夫だ」と許可がでたのです。
いよいよ初回の抗がん剤治療のための入院の日。吐き気など、どんな副作用が出るのだろうと構えて臨んだものの、特に副作用もなく無事に終了し、予定通り2泊3日で退院しました。
その2日後には、抗がん剤治療をやると決まった時に予約をしておいたリネアストリアのサロンへウィッグの試着に行きました。卵巣癌におけるTC療法で使用するパクリタキセルは、ほぼ100%脱毛します。パクリタキセルが体内に入ってから約2~3週間後には脱毛し始めるので、脱毛してからウィッグを探し始めるのは遅いと思い、早めに準備を始めました。既に仕事に復帰していたこともあり、髪が抜ける前に1つはウィッグを持っていないと安心して外出できなくなってしまうと考えていました。
サロンでは、事前にサイトでチェックして決めておいた、自毛の髪型に近いもので、かつ自毛ではなかなか上手くできないスタイルのものを試着しました。ところが、実際にウィッグをつけてみると、サイトでモデルさんが着用しているイメージとは全然違いました。まだ自毛が普通に生えている段階での試着だったせいもあり、とにかく毛量が多く、頭が大きく見えるのです。
選んだのが自分の髪型に近い、前髪のないおでこ出しスタイルのものだったこともあり、違和感がありました。サロンの方からは「前髪のないウィッグは使いこなすのがなかなか難しい」のだと聞きました。しかも、薬の影響でこれから眉毛とかも抜けてくるので、前髪があるスタイルの方が人気であることも教えてもらいました。
髪の癖が強いので、子どもの頃からずっと前髪なしのスタイルが定着していたため、前髪に違和感を感じました。でも「この際ウィッグだからこそできる、癖毛のせいで自毛ではできなかった前髪あるバージョンを楽しもう」と気持ちを切り替えました。そして、サロンの方と相談しながらいろいろ試着させてもらい、事前には全くノーマークだったスタイルのウィッグを購入しました。
自毛での髪型とほぼ同じでも、ウィッグだと違和感が出ることもあります。今までの髪型に捉われず、実際に着用してみて「似合うか似合わないか、違和感がないか」が一番のポイントだと思います。
とにかく色々と試したかったので、リネアストリア以外のウィッグ店の通販での無料試着サービスも利用しました。そして、ウィッグ購入後は、実際に髪が抜けてウィッグの出番が来るまで、ひたすら自宅でウィッグの練習をして、暇さえあればネットでウィッグを物色する日々でした。
本当にいろいろな髪型があって「今度はどれにしようかなー」って、いつの間にか、あんなに嫌だった脱毛は、新たな髪型探しの楽しみへと変わっていました。
大失敗だったウィッグデビュー
最初の抗がん剤治療から2週間後。ウィッグも準備し終えたし、そろそろ髪が抜け始める頃だと思い、セミロングヘアをカットすることにしました。どうせ抜けるので、本来なら美容院には行かずに自分で切りたかったのですが、家族に止められて近所の1,000円カットに行きました。
他の方の闘病ブログとかでいろいろ情報を集めた結果、抜け毛が枕などに刺さって処理が大変なので、 抜ける前からあまり短くしない方がいいこと。髪が長いと抜けた時に恐怖とのことで、抜け毛が床に散らばるのを防ぐために1つにまとめられる程度の長さのボブスタイルにしました。
また、抜け毛対策として就寝時に不織布でできたヘアキャップが便利だとあったので用意しましたが、結局使いませんでした。寝る時も1つに縛っていたので、私の場合は抜け落ちた髪が床に落ちて掃除が大変、ということはなく、シャンプー時にのみごっそりと抜けるだけでした。
初めてウィッグデビューをしたのは3度目の抗がん剤治療が終わってから2週間程した時でした。ちょっと外出するだけなら薄くなった頭頂を隠すために帽子を被ればいいのですが、仕事だったので帽子を被りっぱなしというわけにもいかず、いよいよウィッグデビューです。
いざ、用意していたウィッグを着用してみると、髪が無くなってきたことで頭のボリュームが減り、購入した状態のままだとサイズが合わなくなっていました。「おかしいな?」とは思いながらも、事前に練習した通りにウィッグに付属していたネットをつけて、残った自毛をピンでまとめて固定し、ウィッグを着用して駅へと向かいました。
ところが、少し歩くと振動でウィッグがずれてきました。自宅では鏡の前で静止した状態で着用するので、体を動かすことによってウィッグの下のネットがずれてくることなど想像もしていませんでした。駅に着いてすぐにトイレに駆け込んで、ウィッグを直しました。
時間がないため一度自宅に戻りやり直すなんてことはできず、歩くと斜めにずれてしまうウィッグを手で押さえて下を向きながらなんとか落ちないようにだけして職場に到着し、それからはトイレで何度もウィッグを直しました。
この日は本当にウィッグが落ちてしまうのではないかと気が気ではなくて、頭を極力動かさないようにして、常にうつむき加減で誰とも目を合わせられない。「あんなに事前にウィッグの練習をしたのに」と泣きたくなるほどでした。
そんな私の様子を見ていた同僚が、私が卵巣癌を患って抗がん剤治療中であることを知らないはずなのに、「もしかして、ウィッグ?」と声をかけてきました。 実は彼女も2年前に乳がんで抗がん剤治療をしたとのことでウィッグ経験者でした。泣きそうになっていた私に、彼女が治療を終えた時「新しく生えてきた髪はツヤツヤだったよ」と教えてくれて、そんな彼女の髪は確かにツヤツヤでした。
この一言で気を持ち直すことができました。次に生えてくる髪はツヤツヤなんだと。だから次に髪が生えてくるまでの期間頑張ろうと。
実際にTC療法が終わった現在の私の髪は、あんなに強かった癖が落ち着き、昔から切ってもらっている美容師さんも驚くほど毛質が良くなっています。
その日の帰りはウィッグが落ちないように押さえながら帰宅し、家に帰ってきて鏡を見ると、なんと斜めになっていました。
大失敗だったウィッグデビューの日。それからというもの「ウィッグ ヅレ 防止策」で検索しまくり、たくさんのズレ防止グッズを試しました。100円ショップでシリコンシートを購入し、ウィッグの下のネットの縁全部にシリコンを縫い付けたりと、既製品では満足できずに手作りもしました。
「二度とあんな失敗だけはしたくない」と何日も何日も調べ続けると、全然ズレなくて取れないウィッグバンドを見つけて、ウィッグのズレ対策に悩むことはなくなりました。また、ウィッグバンドだけに頼るのではなく、新しくウィッグを購入した際は、自分の頭のサイズにぴったりと合うように全てのウィッグを縫い縮めて使用し、万全を期しました。
ウィッグデビュー前に、試着してから家の周囲を歩いたり、時にはジャンプやジョギングなどをしてみて、ズレないか、落ちそうにならないかを試してみることをお勧めします。
日常生活では、横断歩道で小走りしたり、階段の上り下りという動作が絶対に出てくるはずです。また、不意に誰かの手や荷物がウィッグにぶつかることもあるかもしれません。そんな時のために、ウィッグの固定だけは念には念を入れて行いました。
ナチュラルさへのこだわり
ウィッグデビューの日の大失態の経験から、脱毛による見た目の変化には妥協しなくなりました。
例えば、購入したウィッグがなんとなく似合ってないような気がするけど「まぁしょうがないか、自分の髪ではないし、治療中なのだから」と妥協したり、諦めたりはしませんでした。せっかく自毛では実現できなかったような髪型をウィッグでチャレンジしているのに「着用してみたら似合わない」は自分的にはあり得なくて。
納得できないままウィッグを着用していると、他人の目がみんな頭の方に向いているような気がしてしまい、全てのことが楽しくないのです。人と目を合わせて会話ができなくなるし、外出すること自体が嫌になってしまう。
抗がん剤治療での副作用は手足の痺れ以外はほとんどなく、体調は悪くないのに、ウィッグに違和感があり外見に「抗がん剤治療中」が出てしまうのは個人的に納得できませんでした。特に、通販を利用して購入したウィッグは、そのまま着用してみて違和感があるときや似合わないときは納得するまでアレンジしました。
例えば、分け目が左右のどちらかに寄っているタイプのウィッグが似合わなくて、真ん中分けにしたい時、分け目のスキンの幅は決まっているので、ウィッグの分け目を大幅に変えることはできません。そんな時は、分け目が真ん中になるようにウィッグをずらしてみました。その方がしっくりくるとわかれば、斜めに着用しました。左右の長さに違いが出てしまうので、長くなった方の髪は自分で切りました。「ボリュームが多いな」と思った時にはスキバサミを100円ショップで買ってきて、自分で毛先を切って調節したりもしました。
また、脱毛が進むと、もみ上げや顔周りの産毛も無くなってしまいます。普段は意識したことなかったのですが、もみ上げの存在は大きかったです。もみ上げがないと、今までと同じようにウィッグを着用しても違和感がすごいのです。そんな時は、やはりウィッグサロンでうぶ毛カットサービスを利用するのが一番良いと思います。
ウィッグを切ってくれる美容院もあります。私もリネアストリアでうぶ毛カットしたウィッグを持っていますが、ナチュラルさが全然違います。脱毛初期の頃は、うぶ毛カットの重要性に気が付かずにカット代をケチりましたが、今なら間違いなく全部のウィッグのうぶ毛カットをします。
とにかく、ウィッグ生活になってからは、ナチュラルさにとことんこだわりました。既製のもので満足できなかったら自分で手を加えて納得いくまでアレンジしました。もちろん、最初は失敗してそのまま使えなくなってしまったウィッグもありますが、もったいないのでまとめ髪にアレンジしたり、帽子と合わせたりして活用しました。そのおかげか、私がウィッグであることを知っている親しい友人も、ウィッグであることを忘れていたほどです。
最終的に購入したフルウィッグは7個。ミディアムとロングのみしか試しませんでしたが、ショートスタイルもチャレンジすればよかったと若干後悔しています。もっともっと色々なスタイルを楽しみたかったというのが本音です。
ウィッグ着用期間は約1年8ヶ月間。その間は美容院代がかかるわけではないですし、様々な髪型が楽しめたので決して多すぎたとは思っていません。